アプリ回遊記:001~『Let It Sleep』を開発した面白法人カヤック~

2010年06月01日 16:03 by 山崎潤一郎
Let It Sleep:起動画面

Let It Sleep:起動画面

スマートフォンが次々と発売され、Android端末は私たちにとって身近なものになったのではないだろうか。今後さらに拡大が期待されるAndroid市場ではAndroidアプリ開発から目が離せない。そこで今回から始まる新企画!アプリ開発者を訪ね、筆者が見たアプリ開発やアプリビジネスのエピソードを紹介する「アプリ回遊記」のスタートだ。


初回は、iPhoneアプリとして登場するやいなや、ネットのみならず、テレビやラジオといったマスメディアでも取り上げられ話題となり大ヒットした『Let It Sleep』の開発者を訪ねた。


さて、この『Let It Sleep』だが、寝言を録音してくれるというもの。センサーの働きにより音を感知したときだけ録音機能が作動するので、起床後には、決定的な瞬間だけを連続してバッチリ聞けるという優れもの。いわば寝言のダイジェスト版を作ることができるわけだ。


自分が寝ているときの様子は自分では容易に知ることのできない未知の世界だけに、スマートフォンのアプリでその謎の一端を気軽に解明できるのだから、人々の“怖い物見たさ感”をくすぐって話題にもなるはずだ。深層心理のそのまた奥に潜む、自分以外の自分に出会えるかもしれないわけだし…。ちなみに、筆者などは、家人から「夜中に大声を出した」などと叱責されることもあるが、自分ではまったく記憶がないだけに、このアプリへの期待は否が応でも膨らむ。


さて、筆者が本当に寝言で大声を出していたかどうかは別にして、こんな面白い発想でアプリを開発する人の寝言を聞きたくて、いや、顔を見たくて、開発者を訪ねてきた。このアプリへの興味もさることながら、同一アプリで、iPhone版とAndroid版があるということで、この2大プラットフォーム上でのアプリ開発の違いなども知りたかったからだ。


対応してくれたのは、面白法人カヤック瀬尾浩二郎氏と日高一明氏。日高氏は、ゴミ出しの日をスクリーンで知らせてくれるウィジェットを自作して自分のAndroid端末にインストールしている。瀬尾氏は、『Let It Sleep』がメディアで取り上げられるたびにテレビやラジオの出演で大忙しのようだ。


『Let it Sleep』を見せるカヤックの日高一明氏

『Let It Sleep』を見せるカヤックの日高一明氏

Androidアプリは自由度が高い

Androidアプリ開発の魅力を探ろうとする筆者に、日高氏は「金曜夜にアイデアが閃いて、すぐに作り始め、土曜日の午後にはAndroid Marketに公開したこともある」という驚きの事実(?)を話し始めた。


Androidアプリはスピード公開が可能なのだ。iPhoneアプリの場合は、無料、有料を問わず、Appleの審査を経なければストアに並べることはできない。この審査に、通常で1週間程度かかる。とてもではないが、金曜夜に閃いたアイデアを土曜の午後に公開などという離れ技は、iPhoneアプリでは基本的に無理なのだ。


Androidアプリは、Googleに25ドルの登録料を払ってデベロッパー登録を済ませれば、審査などのプロセスを経ることなく、アプリをAndroid Marketに並べることができる。iPhoneアプリの開発しか経験のない筆者からするとそのスピード感は驚愕に値する。ただ、それにしても、日高氏の制作スピードにも驚かされるが…。


また、審査プロセスを経ないということは、アプリの内容に関しても自由がある、ということ。iPhoneアプリの場合、審査期間中は、リジェクトの恐怖に怯えながら「Ready for Sale」の連絡をただひたすら待つだけなのだ。もちろん、Appleが理由もなしに、申請を却下することなどないが、2月のお色気系アプリのApp Storeからの一斉削除など、これまでOKだったものが、何のアナウンスもなく突然NGになってしまう過去を経験しているだけに、ガイドラインに明文化されていない削除理由を開発者は“地雷”などと言って恐れているわけだ。Appleの突然の方針転換がビジネスに大きな影響を及ぼす可能性があるのがiPhoneアプリの世界でもある。まさにAndroidとは正反対。


自由度の高さは、アプリの公開スピードや内容だけでなく、ビジネスとしてのアプリ開発にも大きなメリットがある。たとえば、企業などが自社製品、サービス、イベントなどに絡めて独自のAndroidアプリを公開する場合だ。


企業がスマートフォンに向けて独自のアプリを開発するケースが多くなっているが、たとえば、Androidアプリだと、日程の決まった特定のイベントや地域限定のアプリなどが開発しやすい。審査がないので、ニッチかつ、期間限定のものであっても、問題なく公開が可能なのだ。今後Android端末の普及に伴い、このようなアプリへの企業側の注目度も高まるのではないだろうか。瀬尾氏は、以前iPhoneアプリでイベント向けのものを制作したことがあるそうだが「期日までに審査が通るかどうか胃が痛い日が続いた」と打ち明けた。


瀬尾浩二郎氏

メディアにも出演、瀬尾浩二郎氏

「Flash 」対応でAndroidアプリの魅力は高まる。

コンテンツリッチなウェブサイトでは見慣れた技術であるAdobeのFlashが今年の後半、Androidにもやってくる。「Flash for Android」などと呼ばれている技術だ。これを使えば、Flashベースで作成されたコンテンツがAndroid端末向けのアプリとしてリリース可能になる。


iPhoneのObjective-Cと比較してFlashの言語ActionScriptは、習得へのハードルが低いので、クリエーター系のアプリ開発者は要注目」(瀬尾氏)だという。確かに、「Flash職人」と呼ばれる巧み系のクリエーターをたくさん排出してきた制作環境だけに、「Flash for Android」の登場は、Androidアプリの可能性を一気に拡大するであろう。

※Objective-CはNeXT、Mac OS Xの OSに標準付属する公式開発言語


Adobeが、Flash CS5の目玉機能として位置づけていた、iPhoneネイティブアプリへの書き出し機能は、Appleの開発者約款変更に伴い封印されてしまった。そんな今、Flash職人達が、これまでWeb系の仕事で培ってきた匠のワザやクリエイティビティを、今度はAndroidアプリの上で発揮する日は近いと思う。現状のAndroid Marketを俯瞰してみると、技術者目線で作られたアプリばかりが目につくだけに、クリエーター的な発想のエンタメ系アプリがたくさん登場することを今から願うばかりだ。


20万近いタイトルが揃っているiPhoneアプリの世界では、多様で多才で多彩なアプリがカオスのように蠢いているからこそ、現在のiPhoneアプリの世界が面白く活気づいているのもまた事実だ。Androidアプリの世界でも、『Flash for Android』がビッグバンの引き金となり、同様のことが起きるとさらに楽しくなる。


Androidアプリ開発の楽しさはアプリ間通信にあり!

iPhoneアプリでは敷居が高く実装が難しい仕組みのひとつに「アプリケーション間通信」がある。Androidでは、このスキームを自分のアプリに実装することが可能だ。


Web系サービスの世界では、公開されているAPIなどを自社サービスに取り込んで利用する、マッシュアップという手法(GoogleMapの利用が有名)が盛んに行われているが、Androidアプリではそれがアプリケーション間で行える、そんなイメージであろうか。


これにより、他のアプリと連携することで、自分のアプリにはない機能をユーザに提供することが可能になる。アプリ開発の時間やコストを削減する上で強力な武器になると言われている。


身近な例をあげてみよう。


画像その1

カメラアプリで撮影すると、スクリーンに「Share」のボタンがオーバーレイ表示される。


上画像は『Snap Photo』というカメラアプリで撮影した際の画面だ。撮影後、「Share」というボタンが表示されている。これをタッチするとこのアプリで撮影した写真を他のアプリに受け渡すことができる。


画像その2

アプリケーション間通信を利用してカメラアプリで撮影した写真の送信先アプリを選ぶ。


「Share」をタッチ後、「Picasa」に並んで「TweetsRide」や「Twidroyd」というTwitterクライアントの名前が表示されている。


画像その3

写真が添付された形でTwitterクライアントの投稿画面が開く。

「TweetsRide」をタッチすると写真が添付された状態でTwitterの新規投稿画面が表示されるわけだ。


このように、アプリケーション間でコンテンツや情報を共有することが可能な点も、Androidアプリの魅力のひとつであり、開発者のクリエイティビティを刺激する部分であろう。


iPhoneだとこのような連携は、原則として標準のカメラアプリにしか許されていない。第三者が提供したカメラアプリではこのような使い方を提供するのはかなりハードルが高い作業だ。


たとえば、iPhoneには、トイカメラ系やアート系などすぐれた撮影環境を実現したカメラアプリが多数存在するが、そのような非純正カメラアプリで撮影した写真をツィートしたければ、一端、写真ライブラリに保存して再度Twitterクライアントから呼び出さなければならない。うーん、面倒だ。アプリケーション間通信が可能になれば、この手間が省けるというもの。


将来は、サーバーと連携して課金だけを受け持つアプリ、会員管理だけを受け持つアプリなどが登場し、個人や弱小規模の開発者では実装が困難な様々な機能をアプリケーション間通信で実現するなど、各方面への応用が考えられる。


アプリにお金を払う文化が流入してきた

これまでのAndroid Marketは、Googleのフリー文化に支配されているかのような印象だった。無料のアプリばかりが目に付き、有料ものを見つけるのが難しかった。だが、NTTドコモの「Xperia」の登場以後は、日本において「アプリにお金を払うユーザ文化が流入してきた」(日高氏)という。一般的な携帯電話でのコンテンツ課金に慣れたユーザが「Xperia」のようなスマートフォン端末を持ち始めたことで、そのような変化が起きているのだろう。Android Marketではめずらしく(?)115円と有料で販売されている『Let It Sleep』の作者の実感として興味深く聞き入ってしまった。


さて、最後に、筆者の『Let It Sleep』体験記でこのコラムを締めくくる。筆者は、iPhone版を使ってみたのだが、家人が言うような大声は録音されておらず、代わりに「パチンッ!」といった音が収録されていた。「うわっ、ラップ音か!ポルターガイストか!」と大騒ぎになったが、よくよく見ると、枕元に置いた書籍がベッドサイドに落下した音だった。


『Let It Sleep』のレビュー記事はこちら

『Let It Sleep』寝言録音アプリ~睡眠中は不思議がいっぱい~