山田芳裕『へうげもの』~カッコイイ茶の湯!数寄者視点の戦国マンガ~

2012年05月03日 16:00 by TOP BOOKS編集部

『へうげもの』第1巻表紙

『へうげもの』第1巻表紙

2010年手塚治虫文化賞マンガ大賞受賞、2012年現在も「モーニング」で連載中の『へうげもの』は、茶人・千利休を茶の師匠とし、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康・徳川秀忠と歴代の天下人に仕えた稀代の数寄大名であり利休後の筆頭茶道となった・古田織部を描いた作品。2011年にはNHK BSプレミアムにてアニメ化もされています。




ひょうげたカッコ良さ!

「へうげもの」とは「ひょうげもの」と発音し、「おどけた言動をする人」、「ひょうきん者」といった意味です。主人公・古田織部を指しています。
また、ここで言う「数寄」とは「茶の湯」に通じる精神性・美意識を追求する心を指します。語弊を恐れず現代風に意訳すれば「大人のカッコよさ」と言えるかもしれません。
そうです。このマンガには、戦国時代の「滑稽だけどカッコイイ生き様」が描かれているんです!



「武」ではない戦国マンガ

物語は、戦国時代の真っ只中である1577年、主人公・古田左介(後の古田織部正重然)が34歳の時点から始まります。彼は信長の使い番として200石の禄をもらう、群雄割拠の戦国時代においては「地味」な存在の主人公。


そんな彼が、出世欲と物欲に悶絶しながら、七転八倒を繰り返し、カッコ悪く生き抜いていく様は、戦国大名の物語とは思えないような人間臭さで、現代の私たちと地続き感があります。
そんなダサい主人公・古田左介が、君主・織田信長の破格の価値観、茶の師・利休の深遠な精神性に影響を受け、独特の「ひょうげた」価値観・美意識を創り出していく足どりが、信長の天下統一目前の時点から、徳川泰平の世までのドラマチックな時流と共にダイナミックに描かれているのがこの作品なのです!


とくに、戦国時代を舞台にしているのに、「武」ではなく「美」や「数寄」をクローズアップしているところが、独特な作品と言えるでしょう。



『へうげもの』第14巻表紙

『へうげもの』第14巻表紙


独特の感覚的な表現!

この物語を支えるのは作者・山田芳裕のパワフルかつ妙味のある描き。とくに「感覚」や「音」を独特に表現しているところが、非常に面白い点です。
「美しいもの」や「おいしいもの」を描くマンガには、「いかにそれが良いか」をうんちくを用意して講釈する作品が多く見られますが、この作品では「良さ」をもっと「感覚的」なものとしてそれを描ききっているのです!
たとえば、志野焼きのたたずまいの美しさを「はにゃあ」と表現したり、安土城の異様な迫力を「ズドギュッ」と言わしめたり。



『へうげもの』で描かれるこれらの表現、最初はおもわず面食らうような「感覚的」な言い方ですが、なぜだかすんなりと理解できてしまいます。


それは、幼い頃に私たちが持っていた感覚に似ているからです。スポーツカーを見た時に感じた格好良さや、銃や戦艦などにおもわずグッときてしまう興奮。大人になってからも時計や洋服の「良さ」を直感的に感じてる時って、うんちくや理論などではなく、「うまく言えないんだけど、なんか良いんだよねー。」って感じが先に来るもの。この作品では、「その感覚」をまさにそのまま「べたぁっ」っと描いているのです。

そしてこの感覚は主人公・古田織部の創り上げた「乙」の感性にも通じています。
格式高い、崇高な美しさとしての「甲」ではなく、わざと格を落として洒脱を利かせた「滑稽だけどカッコイイ」ものとしての「乙」。これは現代の「オシャレ」に通じる感覚ではないでしょうか。



「乙」な遊び心

また各話のサブタイトルにも遊び心があります。第1話(作中では第一席)のタイトルは「君は“物”のために死ねるか!?」これは刑事ドラマ『大捜査線』主題歌・杉良太郎の名曲「君は人のために死ねるか」が元ネタとなっています。全話に元ネタとなる楽曲が存在するのです。この遊び心もどこか「乙」ですね。



「茶の湯」の話じゃ退屈そう。なんて思うのは大間違い。『へうげもの』は「数寄」を感覚的に理解することができる希有な作品です。武士の「嗜み」としての茶の湯ではなく、武士の「生き様」と深く通じる精神性としての茶の湯を知ることができるのです。舞台は戦国時代ですから、もちろん息をつかせぬ物語、ドラマチックな人間関係も見所です!歴史モノ好きもおもわず唸る名作と言えるでしょう!!