五十嵐大介『リトル・フォレスト』~甘くない自然。「生きる」を「作る」マンガ~

2012年05月31日 16:00 by TOP BOOKS編集部

『リトル・フォレスト』第1巻表紙

『リトル・フォレスト』第1巻表紙

『リトル・フォレスト』は、講談社「月刊アフタヌーン」で2002年12月から2005年7月まで連載された自然系マンガ。第10回手塚治虫文化賞ノミネート作品です。


主人公は、東北の山間の小さな集落「小森」で畑仕事をしながら暮らす20代前半の若い女性・いち子。都会での暮らしから戻ってきた彼女の、自給自足に近い生活、一日一日を踏みしめるように過ごす姿が、日々の料理・食事を中心に生き生きと描かれています!




一度は食べてみたい魅力的な手料理!

登場する料理は、手作りのオリジナリティー溢れるものばかりです!
例えば、グミの実のジャム、麹から手作りした甘酒、畑のつくしの佃煮、山で採ったクルミの炊き込みおにぎり、豆から手作りのなっとう餅、などなど。


どの料理も、自分たちの畑や、周りの野や山で採ってきた「季節のもの」を材料としています。レストランや定食屋のメニューにはない、素朴で新鮮・とても魅力的な料理が次々に現れ、いち子が美味しそうに平らげていく姿は、このマンガの最も大きな魅力です。
食べたことのないメニューだらけなのに、思わず生唾を飲み込んでしまいそうになること請け合いでしょう。


作者の実体験(東北で3年間ほど自給自足の生活をしていたそうです)をベースに、丁寧な観察の成果として精緻で叙情的に描かれた本作は、料理だけでなく、自然の雄大さや闇夜の濃密な暗さ、匂い立つような里山の美しい魅力に満ちあふれています。
マンガ的な描きとちょっと違った、一見すると「素朴なデッサン」のような、手の温もりを感じる独特な描写は心を掴んで離しません。



与え、奪う「自然」のリアル

しかしこのマンガ、「自然=癒し」とか「自給自足=エコで素敵」みたいなイイトコどりのハッピーな内容というワケでもありません。日々の生活は「自然の恵み」と一言で片付けられるような「易しい」ものではないからです。


早朝から日暮れまで畑や山で過ごし、夏には雑草との格闘、冬には延々と不毛な雪かき、寒波に油断したら保存していた野菜も全滅してしまう。夜も家の中でできる仕事に忙殺される。そんな日々の末に「自然の恵み」は受けられるのです。自然は甘えを見逃しませんから、ちっとも楽じゃないのです…。


『リトル・フォレスト』第2巻表紙

『リトル・フォレスト』第2巻表紙

「青菜」を一年中切らさないように様々な種類を植える工夫。夏に薪ストーブをガンガンに焚いて、家中の湿気を飛ばす、そのついでに作る「ストーブ・パン」。雪解けのあと最初に植える「ジャガイモ」は、次の冬を越すための保存食。


このマンガの中では、四季と仕事、食事、生活は全てがひと繋がりとなっていて、日々とは、たえず「生きる」を「作り」続けること。として描かれているのです。




逃げ帰ってきた主人公

そんな毎日の積み重ねが一年で循環し、それが螺旋状になって次の一年へと繋がってゆく。「人の営みの根本」とも言える部分が、主人公・いち子の視点として、このマンガに写し出されます。


いち子はいちど街へ出て、居所を見つけることができず故郷の「小森」に帰ってきた人間。自分と周囲とに折り合いを付けることができなかった彼女が、「自然」と共に延々と繰り返される日々のなかで、時に立ち止まりながら、自分と向き合う。リトル・フォレストはそういう物語でもあるのです。



彼女が日々の中でなにを感じ、見つけて行くのか?
その答えや、彼女の行く先までもが、「延々と続く自然と人間の営み」の一部のように感じさせる、大きな包容力を持った本作。
都会の電車の中で読んでも、小森の美しい自然を鮮やかに思いおこすことができる名作ですが、美味しそうな料理と、いち子の気持ちのいい食べっぷりに、お腹の虫が反応しないよう注意が必要です!