andronaviをリニューアルした理由

そしていま。先に書いた3つの理由が、
アプリという舞台からIoTという舞台を求めて動き出しています。
 
”先祖帰り” と書いた意味は、パソコン時代から今までずっと、“ハードウェアはソフトウェアで制御されるただの箱”という構図だったのに、今は完全に逆になったことを表現したかったんです。
 
今はハードウェアが主役で、ソフトウェアはその動作をサポートするという構図。
考えてみれば当たり前です。実際に触れるモノのほうが遥かにインパクトが大きいんです。
今までは “仕方がなく” ソフトウェアで表現していたに過ぎない。
 
私は2011年に行われた第1回ニコニコ学会のLT(ライトニングトーク)に立った時、それを確信しました(その後、「ニコ学」は、ニコニコ超会議という大きなイベントの一コーナーとなりました)。
 
ひとことで言うと「やってみた」のインパクトです。
これは、産業技術総合研究所の江渡さんか、もしくはチームラボの高須さんがおっしゃっていたことで、私も共感した話。
 
TEDで優れたパフォーマンスがあります。それはそれで素晴らしい、聞いていて鳥肌が立つこともしばしばあります。
でも、どんなに拙いデモンストレーション、ボロい自作ハードウェアでも、話術やパワーポイントや起承転結の妙という世界だけでは絶対に表現できない感動が時々あります。人間そんなものです。
私がニコ学で見たのも、肘から先の人の手の形をしたハードウェアで、音に反応して拍手してくれるものでした(音手)。
これが実に気味が悪い。LTとしては賞を逃しています。けれども会場は異常な盛り上がりでした。
この先の未来は “しばらくこういうガジェットが表舞台に来るな” と思いました。
 
 
ハードウェアはプロが作るもの、ソフトウェアは誰でも作れるものという構図も崩れました。
様々な技術革新により、ハードウェアも着実に誰でも作れるものになってきています。
10年以上前に製品をつくっている現場にいたことがある人ならわかると思いますが、ハードウェアエンジニアとソフトウェアエンジニアは、わりと相容れないものでした。しょっちゅう喧嘩します。
ハードウェアエンジニアからみたら、ソフトウェアエンジニアはいい加減だし、ソフトウェアエンジニアからみたら、ハードウェアエンジニアは頑固でした。
まさに名は体を表す。
そこの境目がどんどんなくなっているのが今です。
だから、未来を担う人たちの関心から、 “ハードとソフトの境目” なんて、とうの昔に無いです。
残念ながら私はまだあります。どうやら地球の引力に引っ張られているようです。
 
ちなみに、無名の個人として、非常に使いやすいテキスト編集ソフト「秀丸エディタ」を作り、ソフトウェア開発=「誰でも作れて、有名になれる」という事実を作った方は最近は野菜作ってるらしいですね。生涯作り手、羨ましい限りです。
 
 
そして一般の人にとって、もはやスマホというのは、“とりあえず訳も分からず手に入れてワクワクできる” 特別な存在ではなく、あって当たり前のもの、それを使って「いかにスマートに目的を達成するか」が重要で、スマホで、エアコンの温度から人間関係まで操作したいんです。
だから使いこなせないことは検索して答えを探さなければならないのです。
 
 
じゃあandronaviは何を伝えるのが使命なのか?
 
変わりません。
 
未来を、未来を担う人たちのことを、そして今日の現実の“分からない”を解決するためのきっかけを伝えていくことです。
 
ただ、「今まで」と「これから」で区別すると、「アプリレビュー」よりは、「ハードウェア/ガジェットの紹介」や、「生活シーンにおけるスマホのギモン」に移っていったということです。
 
お伝えする内容をそのように変えていきます。
その変化にマッチするデザインコンセプトを作りました。
 
以上です。

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